2009年6月7日日曜日

大変

6月6日(土)の朝、まだ布団の中で起きようか起きまいか悩んでいるとき、洗面所の方から「大変だ~」という家人の声がした。妊娠したという結果が検査薬に出ているとのこと。検査薬のパッケージには「99%」という確度が大きく表示されている。

かつて、家人と私は不妊治療を受けていた。2002年に長男が生まれるまでの数年間、様々な検査、定期的な注射と受診、投薬とそれによる不快感に、家人はずいぶん苦労したと思う。二人目がほしいと思ってからも、投薬や人工授精を2年くらいは続けた。医者での治療を諦めてからも、漢方薬とかホメオパシーとかに出費を重ねた。私が45歳になる頃に治療に類することはすべて止めていたので、今朝は「大変だ~」ということになったわけだ。

「大変だ~」となって感じたことを書いてみる。
  • ほっとしたような、安心したような感じがした。これは、一人しかいない子供が、何らかの理由で失われることを考えるととても不安だったからだと感じられる。彼は今のところ健康で失われる理由など見あたらないのだが、彼を愛しいと思うほど失うことが不安になってくる。その反動で、彼に対して過剰に濃密に接触しているようにも思われた。
  • また、兄弟の存在は成長期に心を育む上でとても有意義なものであると思われ、それを息子に与えられなかったことを負い目に感じていたことも背景にあるように思う。
  • 一方で一人目の時に感じた、飛び上がるような喜びはなかった。
  • 経済的な問題が発生しないか心配になった。二人目が生まれる年の夏には、私は47歳になる。十分な経済的援助を家族に与えられなくなる可能性はもちろん、親が高齢であることを子供が負い目に思ったりすることが心配だった。私自身、父が45歳、母が40歳のときに生まれ、親が高齢であることと経済的な不安がずっと気にかかっていた。
  • 一人目のために購入したベビーカーや衣類や玩具などを、かなり捨ててしまったり人にあげてしまったことが悔やまれた。

家人はまだ医者に行っていないので、正確なところはわからない。でも私は「育児するお父さんモード」になってきている。一人目の時以上に、良い親になりたいと切に思う。