2009年1月25日日曜日

Sudden Deafness

1月20日(火)の朝、起きたら左耳が詰まっているような感じがした。高度で気圧が変わったときのようだ。翌々日の会社の定期健康診断の日には回復したと思えたのだが、23日(金)にまた詰まる感じがしたので近くの耳鼻科へ行く。左耳の突発性難聴と診断された。


病状を告げるなり医者は素早く診察を始めた。中耳炎の子供を連れて行ったときに見たその医者の様子とかなり違うので、少し驚く。小型の内視鏡のようなもので両耳の中を見た後、防音室の中で聴力を調べた。ヘッドホンを耳に当てる方式と、耳の後ろの骨を振動させる方式で、音が聞こえている間手元のボタンを押す。その後、鼓膜に気圧をかけるような検査が続いた。

鼓膜はきれいで外観の異常はないが、左耳の低音域の聴力が低下している。簡単な周波数特性のグラフで、左右の耳の違いを示された。スポーツや飲酒、寝不足は慎むように言われ、来週また検査をすることになる。投薬も始まった。アデホスコーワ顆粒10%を1g、カルナクリン錠50を1錠、バンコミン錠500を1錠を、それぞれ毎食後に服用する。

病気に関する情報は、インターネットから容易に入手できた。原因や治療方法が確立されておらず、完治しない可能性も低くないようだ。頭も常に重い感じで憂鬱だが、左耳だけだし、完全に聞こえなくなったわけではないし、入院するわけでも命に関わるわけでもなさそうだ。さしあたり、予定していた飲み会をキャンセルし、自転車で遠出するのも控えることにする。

40歳を過ぎてから、自分の体の失調に向き合うことが多くなった。自分の体を維持するために費やす意志の量と時間が増えている感じがする。これが老いるということなのだろうかと、漠然と考えたりする。自分の体を維持するために費やす意志と時間の、すべての生活の中に占める割合がある閾値を超えたら、生きることの意味合いは大きく変質するのかもしれない。

2009年1月18日日曜日

ミネラルウォーター

100年に1度の景気の後退だと新聞などで騒がれているからか、消費や家計を緊縮しようと、いつも何となく感じるようになってきた。“いつも”という部分の影響が大きいような気がする。刷り込まれるように、今後数年間は所得の伸びは見込めないと信じるようになってきた。円高なので輸入品の価格とともに生活物価も下がって暮らしが楽になるんぢゃないかとかポジティブな事柄は考えられずに、収入が減少する可能性の暗鬱さが心理的に重くのしかかり始める。

定期的に購入しているミネラルウォーターの、いつも購入しているAmazonでの価格が上がった。円高なのになぜという思いもあって、安い通販サイトが他にないか検索することにする。Amazonでは2,270円なのに、見つけたサイトでは1,599円。671円、30%近い差だ。カードで決済できるし、ユーザーの評価も高いので、即座に注文を決断する。ここで重要だと感じられたのは...

■納得できる十分な価格差がある。
納得するには20%以上くらいの差が必要かもしれない。2,000円を超えていたら、注文していなかったような気がする。端数価格が設定されていた影響も、もちろんあると思う。

■送料込みの価格が提示されている。
通販サイトで1円でも安い商品を探しているときは、価格に対してとても敏感になっている。意識が商品の価格に集中しているとき、改めて送料を提示されると割高に感じてしまう気がするのだ。送料込みで2,400円と商品1,900円+送料500円だったら、かえって送料込みで2,400円を選択してしまう可能性が高いような気がする。また、送料を改めて調べる手間は、購入し辛い印象が残る。送料が事前にわからないサイトは論外だろう。

■クレジットカードで決済できる。
クレジットカードの利用額のポイントが付くというのは、得している気分が結構大きいのだ。カードのポイントを金額に換算すれば微少であることは分かっているのだが、何となくカードで決済したいと感じてしまう。また、インターネットから振り込めるとはいえ銀行振り込みは認証の手間が多いし、代金引換も受け取り時の金銭授受が面倒だと感じているので、敬遠してしまう。

■ユーザーの好意的な評価コメントが多く掲載されている。
そのサイトを初めて利用する者にとっては、サイトに対するコメントの影響がとても大きい気がする。コメントには、商品に対するものとサイトに対するものがあるが、そのサイトを始めて利用するユーザーに対して、サイトに対する評価コメントを積極的に提示することは重要かもしれない。

で、1月15日(木)の夜に注文して、16日(金)には発送され、17日(土)の夜に到着した。きわめて迅速に発送されたので、満足度が高い。また、今や当たり前だが、注文や発送の確認のメールがきめ細かく届き、運送会社で追跡できるように発送後に伝票番号が知らされた。この通販サイトは繰り返し使おうという気になる。

さて、仕事で自分が通販サイトを運営することになったら、さらに何を付加すればよいのだろう。

2009年1月12日月曜日

時間の確保

自分の時間がとれなくて、いらいらすることが多くなった。新しい知識は増えないし、美術館にも行けていない。

原因を考えてみた。
【1】子供と遊ぶ時間が多い。共働きで保育園に預けているという後ろめたさもあって、平日の帰宅後や休日は子供に求められると無制限につきあってしまう。子供と触れ合うとこちらも癒されるのだが、彼らの方に制限時間はない。
【2】自分が利用できる時間がどれだけあるのか、きちんと意識していない。1日は24時間で、仕事もそこそこ忙しいし少しは家事も分担しているので、通勤時間やわずかな自由時間はとても貴重で、もっと有効に使う必要がある。
【3】したいことが明確になっていない。本も読みたいし自転車にも乗りたいし美術館にも行きたいし買い物も行きたいしと、したいけれどもできていないことがごちゃごちゃと頭に留まったままになっていた。本が読めていないと感じていながら、何の本を一番読みたいのか、読まなければいけないのか、はっきりしていなかった。

とりあえず、無制限に子供と遊ぶのは止めにした。スターバックスでコーヒーでも飲みながら、一人で考えたり読書する時間を確保するのだ。次に、やりたいことを書き留めることにした。興味を引いた本を手当たり次第に買ったり、暇つぶしにコラムを読んだりするのを減らして、集中するべき分野(今だったらビジネス統計や新しいウェブサービス)に専念するのだ。そして、意志を強くして自分を対象に集中させていく。睡眠時間を十分に取るとか食生活を整えるとか、自己管理も集中には大きく影響する。で、貴重な時間を最大限に活用するためには、多少の投資もやむを得ないではないか。

というわけで、ノート型PCを1台買ってしまった。ついでに、外付けDVDドライブ無線LANルータも購入することになった。こうしてまた人生はちょっとだけ楽しくなり、ちょっとだけ複雑になっていく。

定期点検


1年ほど前に購入した自転車を定期点検に出した。自転車店の担当者によると、チェーンのオイルが切れかけて摩耗が進んでいたとのこと。ペダルを踏むたびに後ろの方でキコキコ音がしたり、何となくペダルが重いと感じていたのは正しかったのだ。ペダルが重いのは単に体力不足のせいだと思っていた私は、謙虚というべきか。

定期点検後の愛車は見違えるほど乗りやすく、かつ速くなった。ペダルは滑らかで、確実に加速していく。平均時速が5kmくらいは上がった感触だ。今度の休日はまた、江ノ島にでも行くことにする。

2009年1月2日金曜日

2009年の元日

その1
元日は1月1日(木)の午前10時過ぎ、ペリカン便が荷物を届けに来た。受け取ったのは12月30日(火)の23時過ぎにAmazonに注文した洋書1冊とCD 1枚、子供用の電気スタンド1台が入った段ボール箱2個。注文から納品までわずか1日半弱というスピードはもちろん、年末年始だとゆーのに、フツーに、当たり前に通販商品が届いてしまうことに驚いた。年賀状の配達より早い時刻の到着だった。

その2
やはり元日は1月1日(木)の夕刻、受信中のファクスが用紙を出力している最中に、突然電源が落ちた。ACコンセントを抜き差ししたり本体のカバーを開け閉めしたりしても直らず、修理を依頼することを決心。メーカーであるパナソニックの修理窓口へ19時頃に携帯電話からかけると、担当者が修理受付をしてくれた。元日の夜だというのに当たり前のように受付作業は完了し、翌2日(金)には修理担当者が連絡をくれるとのこと。

その3
元日に届いたPC Depotの新聞折り込み広告で、2TBのハードディスクが20,000円というのに目が留まった。私が1988年にハードディスクを初めて購入したときは、Mac Plus用Jasmine製20MBのものがツクモ電機で確か189,000円だったことを、いつものように思い出しては感慨に耽ってしまった。

周囲や社会にとってフツーのこと、当たり前のことみたいなものが、大きく急速に変化しているのに、自分の常識は思いの外、変化していないのだ。自分は若いつもりでいるとか、まだまだ大丈夫だ(一体、何が大丈夫なんだろう?)と思ってしまうのは本当に危険だ。こんな古い常識に基づいて仕事の判断を続けていたら、自分の会社のサービス水準が向上するわけがない。

私たちは着実に年を取っている。最先端までは望まないが、いつも「前の方」にいるためには何を心がければよいのだろう。